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プロフィール②

【第2話】「理解してくれる人がいる」ということ

第1話を書きましたが多くの人に僕の過去についてお伝えできたみたいで良かったです。

「こんな危ない奴」に教えられたら、子どもが大変になる!と言われなくて一安心しています(笑)

そんな荒くれ時代を闊歩していた中、当然勉強もほとんどやっていませんでした。「周りもやっていないんだし・・・」、そう自分に言い聞かせ、成績なんて気にも留めませんでした。

相変わらず、何かをやらかしては怒られる毎日。ただ、なぜかそんな状況でも学校は楽しいものでした。同じような友達ばかりいましたから。先生たちはかなり手を焼いたことでしょう(汗)

部活をサボるのは、当たり前。何か理由をつけては、補習、それかテストの居残りばかりでした(笑)(もちろん、ほとんどサボるための言い訳です。)

学校は毎日行ってますが、 授業こそ出るも、友達と話をして1時間終わる。ここまで好き放題、楽をしているのにそんな毎日は、退屈なものでした。

1年たって、中学2年生になっても全く素行は変わらず。思春期まっただ中になったことで余計にサボり癖に拍車がかかります。それでも唯一の心の救いがありました。

親に怒られようとも、兄弟に半ば呆れられようとも『両親』だけは、ちゃんと見てくれていました。特に大きかったのは、家に「おばあちゃん」がいたこと。

小さい頃から、末っ子ですでに甘やかされる環境でしたが中でも「おばあちゃん」はとびきりの甘やかし方でした(笑) 兄弟の中でも一番、かわいがってもらいました。

何か問題を起こして親が「ぶち切れ」てもおばあちゃんは静かに見守っていました。そして、落ち着いた頃に「お父さん(父親)の時もおじいちゃん(祖父)がめっちゃ怒っとったけん、あんたもお父さんそっくりじゃね。お父さんは悪いことしてフライパンでぶっ叩かれとったけどね・・・(笑)」(父親曰く、これは事実のようです(驚))

とか「お父さん(父親)がケンカして、相手に怪我させた時は私(祖母)も1軒1軒謝って周ったもんよ。でも、そこまで怒るのも心配しとるけんよ。」こういう話を何度聞いたかわかりません。

ただ、その時は「ふーん」と思ってましたがほとんど聞き流していました。思春期に入って親と話すことはほとんどありませんでしたが、「おばあちゃん」とはよく話をしていました。

このおばあちゃんの存在が後に大きな【決断】をするきっかけになることはその時は知る由もありませんでした。

この続きは第3話となります。

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